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カテゴリ:philosophy( 8 )
建築家の仕事
現在、事務所では実現する計画、提案中の計画など含めてたくさんのプロジェクトが動いています。大小様々な用途、敷地、要望などを通して、日々色々なことを学ばせてもらっています。

建築家をくくることは出来ませんが、僕自身はビジネスとして半分、作家として半分くらいの気持ちでいつも取り組んでいます。建築士事務所として請け負う以上、クライアントの要望に応え、ビジネスとしても成立させなければなりませんが、それ以外の部分も大切にしていきたいと考えています。それは、建築家としてのこだわりであり、プライドであり、醍醐味でもあります。生まれてくる建築は、クライアントにとっての夢の器であると同時に、僕たちの渾身の作品でもあります。これまで理解あるクライアントに恵まれてきましたが、そのようなことを理解し、互いに尊重し合えるクライアントと今後も仕事をしていきたいと切に思う今日この頃です。
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by futurestudio | 2009-11-09 23:24 | philosophy
鞆の浦判決に思うこと
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広島県福山市鞆の浦の埋め立て・架橋問題に差し止めを命じた判決が出ました。
日本においては、これまで「景観」というものをあまり重要視してこなかったように思います。そのような背景の中、今回の判決は、景観に重きを置き、行政決定を覆すという画期的な判決と言えます。

実は先日の連休で鞆の浦を訪れていました。その際目にした光景は、日常的な住民の生活の不便さも痛感するものでした。今回の件は非常に難しい問題で、一概にどちらにすべきとは言えませんが、「景観」というキーワードに対し、未来を拓く可能性を感じました。

鞆の浦のような美しい場所だけでなく、日常の中にある景観・風景も、私たちがつくっていくという意識をもち、誇りを持てるような景観にしていくべきだと思います。ヨーロッパでは、人々が自分の街の街並みに誇りを持ち、大事にしていく文化があります。日常的に目にする日本の街並みを見ながら、資本主義の産物としての景観を受け入れるだけではなく、積極的につくっていく姿勢が必要ではないかと、常々感じています。
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by futurestudio | 2009-10-02 14:41 | philosophy
宝物
最近建築家の方と話をする機会が多くなってきました。建築について語ったり、議論することは楽しく、有意義なのですが、まだ実作の少ない身分で、そういった言葉が一人歩きする様な状況にはもどかしさや違和感を覚えます。留学時に直に学んだアーキグラムのようにつくらずして表現する建築家像にも共感する部分はあるのですが、僕の理想としては、純粋に建築を通して語る「つくり手」でありたいと考えています。

今の自分に声をかけて下さるクライアントの方は、そんな状況下の自分のビジョンに共感していただき、大いなる期待と共に依頼して下さっています。他にも講演等で呼んで下さる大学等の先生方や建築家の先輩方など、今の自分に期待をかけて下さっている皆さんが僕の宝物です。そんな一つ一つの期待に感謝し、着実に応えていきたいと思います。
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by futurestudio | 2008-08-19 00:22 | philosophy
建築を考える上での「視点」
今週も公園トイレコンペ受賞の反響が続いています。

色んな方と話をする中で、この提案に関して本質を理解されている方は少ないと感じていますので、再度少し触れておこうと思います。

今回の提案は、デザインの受け方、感じ方は時とともに、流行とともに変化するものであり、公園のトイレという公共のものには、もっと長期的に変わらない価値を埋め込む必要があるという思想が根底にあります。

この考え方自体は、都市的観点から導き出した解答であり、僕のスタンスそのものではありません。どちらかというと、デザインや表層的な要素が好きな方だと思います。今回はそこを割り切って、一点突破することが必要であったのです。

建築を考える時、建築の用途や環境、規模などの条件に応じて、基準となる「視点」が異なってきます。通常の住宅などは主に内部に視点を置き、路面の店舗などは外部に視点を置くことが多いです。今回のコンペでは地球を外から虫眼鏡で覗き見る様な、ずっと引いた視点から考えました。

建築をつくるということは、芸術を表現するのとは違い、そのような臨機さが常に求められると考えています。また、どこに主眼点を置くかによって、最終的なアウトプットも変わってくるのが必然です。

実施に向けた検討がこれから始まりますが、これからはより建築に近い位置での「視点」での検討となります。このプロジェクトは出来るだけオープンに進めていきたいと考えているので、またここで報告したいと思います。
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by futurestudio | 2008-06-13 02:28 | philosophy
表層と深層
ここ数日、ブログのアクセスがいつもより多いなと思っていたが、藤村龍至さんのブログにリンクをはっていただいていたようだ。

いい機会なので「Round About Journal Vol.3」に関連した話を少々。
「Round About Journal Vol.3」では、「表層と深層」ということがテーマの一つとなっている。
RAJでは建築に限らない根本的な定義で扱われているが、建築の表層と深層については、僕も意識せざるを得ないテーマである。

日頃建築以外の一般の方と話をすると、自分がやろうとしていることや目指していることを誤解されていると感じることがある。「いや、そういうことじゃなくて、・・・」とはわざわざ言わないけれど、表層の部分だけを汲み取られているように感じる。そこで、自分なりの解釈として「表層は一般性、深層は専門性」と定義付けしている。この表現には語弊があるかもしれないが、表層的な部分は人の主観性による知覚が大部分を占め、アート的な受感、または人の自己の感覚的なものによって成立している。また、深層の部分は学問的というか数学的というか、論理で構成される部分で、主観性を排除した領域だと考えている。

僕のこの考え方の深層には、建築を作る人も、体感する人も、主観性を排除できないという確固たる定義がある。このことについては、またの機会に触れようと思う。

藤村氏は、論理的思考や意図を言語化することの重要性を説かれており、これには僕も賛同している。なぜならば、深層は説明なしには明確に伝えることが困難であるからだ。その反面、表層は全てを感じ手に委ねたいと思う。そういう感覚的な部分はとても重要だと思っている。更に言えば、僕はその説明できない表層があるからこそ、建築に面白味を感じているのかもしれない。
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by futurestudio | 2008-03-12 02:09 | philosophy
建築の経年価値
人や企業が建築という行為に向き合う時というのは、その殆どがその人や企業にとって前向きな言わば上昇気流の時である。建築家という職業はその夢に溢れ、希望に満ちた時に立ち会うことができ、幸せだとつくづく思う。

その反面、建築は一度建てたら何十年と残るものであり、どんな状況のときでも身近にあるものとなる。つまり、いい時期に建てたものが、たとえ下降している状況でも変わらず存在している。いい時に新しい建築をつくって、良いものができたと感じるのは当然のことで、本質的な価値は別次元にある。10年、20年経って、状況が変化した時でも、力をもらえる様なものとして建築は存在していて欲しい。

建築が時とともに劣化するのは自然現象であり、必然的なことだ。当然ながら持ち主や使用者が改修や修繕等の一定の努力はしなくてはならない。しかし、新しいこと=建築の価値ではない。つまりそれを踏まえ、いかに長期的なタイムスパンで普遍的な価値を埋め込むか。それが、建築家の勝負どころだと思う。
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by futurestudio | 2008-03-10 02:05 | philosophy
プロジェクトの放物線
ここのところ、かなり事務所が忙しくなってきた。スタッフと共に深夜まで作業に追われている。いいことではあるのだが、反面ゆっくり考える時間を確保しづらくなってきているのも事実だ。色んなアイデアの出し方があると思うが、僕の場合は引出しを引張り出すのではなく、ゼロから考える。それは時として非効率的な結果も招くが、とんでもなく独創的な結末を生むこともできる。

プロジェクトを放物線に置き換えると、放物線の最終到達地点を高くするためにはアイデアの初速度と角度がとても重要である。角度が高くなくても、それが一定の枠内の初速度であれば、それなりの到達地点にはなる。初速度には角度があり、高角のものほど落下も大きい。僕はこれを放物線の原理と呼んでいるのだが、ここで言うアイデアはこの角度のことを指し、初速度はその伸びのことを言う。頭のストックの中から引っ張ってくれば、それなりに伸びてそれなりに着地できるのだが、ゼロから考えるということは、高い角度で放出してもどこまで伸びていくのかわからない。つまり、高角で伸びて高い点に到達するまで、放出しなければならない。

ヒットを多く打つよりも、ホームランか三振でいい。学生時代から、自分の考えることはちょっと周りの人と違うという感覚はあった。認められないことでヒットを狙おうとした時期もあったが、僕はこの今のスタイルは貫こうと思っている。日々進んで行く仕事の中で、次々とスピーディなアイデアや決断が求められる。そのたびに文脈を解体してゼロから考えるのはとても勇気のいることだ。不器用なやり方かもしれないが、どんなに忙しくても、放物線の原理でいう角度を常に意識し、ホームランを量産できる様な環境に身を置いていたい。
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by futurestudio | 2008-03-04 02:54 | philosophy
建築の「いろ」
自然界の全ての色には理由がある。少なくとも僕はそう信じている。
建築の色も同様に、理由があって然るべきだ。
天井、壁、床、家具、建具、外壁、屋根・・・その全てに必然性がある。
それを探究することを建築を考える上で怠ってはならない。
例えば、何十年というスパンで生活の場となる住宅と、一過的な滞在を目的とするレストランやショップなどでは、当然ながら建築の色のもつ意味が異なる。更には住宅と別荘でも違うであろう。一般的な住宅が刺激の少ない色で構成されるのは、そのような必然が生じていることに因る。
しかしながら、ミクロを紐解いていくべき我々建築家は、マクロを抽出するメーカーなどとは違う。敷地条件、クライアントのライフスタイルなど建築を取り巻く全てのエレメントから、”攻撃的”に見出すことが宿命であると思う。
色だけに限ったことではないが、たとえどんな結末になろうとも、迎合的な逃げや惰性ではなく、当たり前のことの必然性を追求し明示する姿勢は忘れてはならない。
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by futurestudio | 2008-02-26 01:16 | philosophy



建築家 小川文象のブログ Blog of Architect Bunzo Ogawa
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